日本酒と煙草をこよなく愛す方でした。

京都に伺った際に何度かお食事をご一緒させて頂きました。お食事の席では、「日本酒をたっぷり飲んで、煙草を吸って、税金をしっかり払わないと、北朝鮮に攻め込まれるぞ。」と笑いながら冗談を言われていたのを思い出します。

その方が若かりし頃のこと…山陽筋を営業でまわられ、夜行で弊社最寄りの光駅に到着していたそうです。早朝、生地のいっぱい詰まった重たい風呂敷を背負って弊社に到着すると、私の祖母である岡村梶江がいつも朝食を用意していたそうです。

その方が営業をされていたのは、50年も60年も前のことだと思います。日本全体が貧しい中、皆が助け合っていた時代でしょうが、その方にとってはその朝食がとてもうれしかったようで、私たちに会うごとに感謝の言葉をおっしゃられていました。

情に深く、受けた恩はいつまでも忘れない方なのでしょう。営業マンから出世され、企業のトップとなり、様々な交友関係が広がられても、小さな取引先である弊社が京都に伺えば、必ず時間を共有して頂きました。きっと若かりし頃の祖母が用意した朝食のことをいつまでも忘れなかったのだと思います。

その方が面会される応接室(当時は会長室)には岡村梶江が製作した金閣のちぎり絵が額装して飾ってあります。また平成 3年12月(1991年)、弊社社屋完成の際には、わざわざ京都からお祝いにかけつけて頂いたそうです。

おそらく仕事に厳しく、数字にシビアな方…当然、会社では別の顔を見せていたことでしょうから、私の知らない面が多いはずです。わずかな接点しかない私ですが、ふとそのようなことを思い出しました。

きょう未明、京都西川相談役・石橋武夫様の自宅火災のニュースに驚き、突然の出来事に心からお悔やみを申し上げます。